私は音楽が好きだ。ポップスも聴くし、ロックも聴く。フォークもR&BもHIPHOPも聴くし、ジャズもクラシックも民族音楽も聴く。歌謡曲も聴くし、昔のアイドルソングも聴く。
とにかくだいたいのジャンルが好きだ。
どんなジャンルでも好き!と思うものは好きだ。もはやジャンルなんていらないな。と思う時もあるが、そうなるとタワレコで目当てのアーティストを探すことに時間を要するし、人と話している時に「こんな感じの音楽です」と伝えることも困難なので、やはりジャンル分けはされるべきだろう。



私の中では細かなジャンル分けがあり、その中に「道」ジャンルがある。
ジャンルというよりはプレイリストみたいなものだ。

「道」ジャンルのトップ3がある。もちろん私の中だけのトップ3だ。


1位 甲州街道はもう夏なのさ/ランタンパレード

フルートの”ファファファファミララードドシーミドシーラー”が特徴的だ。それと同時にキーボードの”ドレミファ”が連続的に聞こえる。クセになる。サウンドが最高だ。
7inch versionはフルートはなく、ピアノとアコギと、おそらくカホンか何かの打楽器だろう。こちらもとてもいい。


ちなみに、サンプリング元は大貫妙子の「くすりをたくさん」だ。「くすりをたくさん」もすごくいい曲だ。大好き。


「もう夏」なのに、もう夏が終わってしまうかのような、8月下旬のような切なさがこの曲にはある。しかし、6月上旬の初夏のような、湿気で充満した空気の中で聴きたい曲でもある。
そして歌詞。

“夕べは美しい月明かりの下で 職務質問を受けたのです
気象庁はもう関係がなく今額では汗と砂埃が混じり合っている

甲州街道はもう夏 甲州街道はもう夏
甲州街道は もう夏なのさ”

“変な薬をたくさんやってるんじゃない とか聞かれたりしました
甲州街道は もう夏なのさ”


おわかりだろうか。サンプリング元は大貫妙子の「くすりをたくさん」、曲の冒頭で職務質問を受け、曲の最後には”変なくすりをたくさんやってるんじゃないか とか聞かれたりしました” だ。曲を聴き終わった後に、繋がっていたんだな...しかも「くすりをたくさん」をサンプリングしている...裏テーマは「くすり」じゃないか...となる。
まあ、そんなことは一切考えなくてもとにかくこの曲は最高だ。ぜひ甲州街道を車で走る人には聴いてほしいし、走らなくても聴いてほしい一曲だ。




2位 環状七号線/フジファブリック

YouTubeになかったので貼れない。残念だ。
皆さんご存知、フジファブリックの「アラモード」という初期のアルバムに入っている。
怪しげなギターのイントロから始まり、キーボードのメロディーが入ってくる。フジファブリック感満載のキーボードのメロディだ。この時点でアガりまくる。
そして”シレシレファ♯ッレー”というギターの一節が鳴り、ドラムが入り、環状七号線が始まる。これはもう素晴らしいのだ。
歌が始まるまでで一気にテンションを使い果たす。
と思ったらサビ。

“環状七号線をなぜだか飛ばしているのさ
環状七号線をなぜだか飛ばしているのさ”

と志村の癖のある声が歌う。テンションが最高潮になる。
ちなみに”飛ばしているのさ”は”飛ンばしているのさッ”だ。
これはもうこの曲を聴いたことのある人にしか伝わらないだろう。聴いて。
フジファブリックはなかなかクセが強めなのでハマる人とハマらない人ではっきり分かれるが、ハマる人は、この環状七号線のようなフジファブリックが大好きだろうと思う。



3位 中央フリーウェイ/荒井由実


我らがユーミンの中央フリーウェイ。

“街の灯がやがてまたたきだす
二人して 流星になったみたい”

から間髪入れずに

“中央フリーウェイ
右に見える競馬場 左はビール工場
この道は まるで滑走路 夜空に続く”

と来るところが好きだ。

競馬場は東京競馬場、ビール工場はサントリー武蔵野ビール工場のことらしい。
他にも在日米軍の調布基地など、府中市近辺の風景が歌詞に出て来る。

“片手で持つハンドル 片手で肩を抱いて
愛してるって言っても聞こえない 風が強くて”

なんて最高だ。時代がわかる。


この曲は、ジブリの「魔女の宅急便」の主題歌候補にもなったらしい。東京にスポットを当てすぎていて映画と合わなかったため「ルージュの伝言」に決まったという。

ユーミンの中央フリーウェイも良いが、ハイファイセットの中央フリーウェイもかなり良い。コーラスが最高。今日も聴いていた。



他にも「道」ジャンルはたくさんあるが、私の中ではこの三曲がトップ3な気がする。
今2分くらい真剣に考えただけだけど。


三曲とも夏のドライブにぴったりなのでぜひ聴いてほしい。音楽は良い。最高。



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ぶんすけが昨日も今日も明後日も、ずっとかわいい。
きっとこれからもずっとかわいい。大好き。


ぶんすけと暮らし始めてから、かなり穏やかになった気がする。自分で言うのもなんだが、私はかなり穏やかな方だと思う。その私が自己ベストの穏やかさを叩き出しているのだ。これはもう文鳥の魅力の凄さでしかない。
本当にかわいいのだ。食べちゃいたい。鼻を埋めてパクパクしたい。
自分でも何を言っているのかわからないが、本当にこんな気持ちなのだ。
そもそも私のブログなど基本的に何を言っているのかわからないような気がする。ちゃんと人に伝わっているのだろうか。大丈夫ですかねこれ。

昨日はお酒を飲んで酔っ払ったので、ぶんすけをケージに戻したのだが、それでも愛しくてしょうがなくなったので、ケージを抱きしめながら
「ぶんすけ大好きだよ。大好き。」とずっと言っていた。愛が止まらないのだ。



ぶんすけの換羽は順調で、ついに頭がほぼ真っ黒になった。
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こんなに灰色の小さくておぼこい赤ちゃんだったぶんすけも、今や大人になりつつある。

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頭は真っ黒になり、体の黄色がかった灰色の羽も、ブルーがかったスベスベの灰色の羽になっている。



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これは換羽の途中経過だ。
まだら模様になっている。

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このぶんすけを見て、「おいおい。中1の時こんなんおったぞ。思春期か。」とつっこんでしまった。
まるでこれだ。
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思わず「陰陽マーク 服」でググってしまった。
“CITY&COUNTRY”というブランドらしい。コンセプトが謎だ。今も昔もよくわからない。
いたよねこういう男子。裁縫セットとかもこんなデザインあったよね。あとPIKO。

思春期らしくちゃんとダサいものを身にまとっているぶんすけ。これも成長である。


昨日ばあちゃんに会って、「文鳥はみかんを食べるらしいからこれあげるわ。」と言われて温州みかんをもらった。
ばあちゃんは私の育児に積極的に協力してくれる。
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文鳥は温州みかんが大好きと聞いていたが、ちょんちょんとつつくだけであまり興味を示さなかった。しょうがないから私が食べたが、なかなか甘くておいしいみかんだった。
この時期の温州みかんは高級品なのにぶんすけは全然食べてくれない。


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ちょうどいい位置にぶんすけが来てくれたので自撮りした。
ぶんすけは飼い主の顔面を気遣って、ちゃんとスタンプの役割を果たしてくれる。出来た子だ。


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朝起きて、ぶんすけのケージに向かう。
一日の第一声目は「おはよう。ぶんすけ今日もかわいいね。」だ。
言わずにはいられない。なぜなら今日もとびきりかわいいのだから。

私と恋人が交互に「ぶんすけ今日もかわいいねえ。」
「お前はかわいいなあ。」
「毎日かわいいよぶんすけ。」
「かわいいやつやなあ。」
「大好きだよぶんすけ。」
と褒め言葉の洪水を浴びせているため、ぶんすけは自己肯定感の高いメンタルヘルス良好な文鳥に育っている。と思う。そのはずだ。
やはり心身共に健康でなくてはいけない。
身体の健康も大事だが、メンタルヘルスをいかに良好で生きれるかどうかで人生決まってくる。25年間生きてきた私が言うのだから間違いない。文鳥の3.4倍は生きているのだ。
当の本人はいくら褒められようともなんの嬉しさも満足感もなさそうだが、きっと自分がいかに可愛くて愛されているかわかってくれているはずだ。



今日はキクスイからぶんすけの餌が届いた。
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ペレーフィンはぶんすけの大好物だ。シードより好きらしく、いつも真っ先にがっついている。
その次に好きなのはカナリーシードらしい。ググったりツイッターで検索していると、鳥はみんなカナリーシードが好きらしい。そうと知ったら買わずにはいられない。即注文だ。
手に何粒か乗せて食べさせてみた。嬉しそうにがっついていたのでよかった。
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瞬く間に食べ尽くしたぶんすけ。

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綺麗に皮を割って、剥いて、中身だけ取り出して食べる。
2分ほどで私の手の中はカナリーシードの殻だけになった。

カナリーシードはあげすぎると太ったり健康に良くないらしい。どの程度おやつとしてあげたらいいのか思案中だ。何粒くらいがいいのだろう。
「うちではこれくらいあげてるよ。」と教えて頂けると嬉しいので、よかったらコメントで教えてください。いつも人を頼りまくってすみません。

青米は文鳥が好む上に健康にも良いらしいので迷わずポチった。

グリーンフードは豆苗や小松菜のかわりになるらしい。ちゃんと豆苗はつついているみたいだが、小松菜の食いつきが悪いため、シードの中に混ぜようと思う。



母親とはこんなに子どもの体調や様子、食べ物に気を使うものなんだな。と思った。こりゃお母さんは大変だわ。
でも無理して気を使っているわけではなく、健康でいてほしいから、すくすく育ってほしいからいろいろなことに気を使うのだ。
これが母親なんだろう。母性が完全に目覚めた。ぶんすけを産んだのは私ではないが。




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今日のふわ毛も愛らしい。
“ふわ毛”と呼んでいるのは、おなかの薄いグレーのフワフワした羽のことだ。
この部分だけフワフワなのだ。他の箇所はスベスベなのに、おなかの横だけフワフワだ。息を吹きかけるとフワフワとなびく。
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フワフワそよそよしていてかわいい。



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写真を撮っていたらヤバいのが撮れた。飛ぶ寸前の瞬間だ。
モモヒキがえらいことになっている。
浅野いにおの「おやすみプンプン」のようだ。
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昨日も今日も明日も明後日も、ぶんすけはかわいい。

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数年ぶりに行ったカプリチョーザで、恋人に心の内を明かした。


「神戸どうぶつ王国に行ってコレになりたいんですが。」
そう告白し、スマホに保存していた写真を差し出した。
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恋人はオーケーをくれた。さすがだ。
近いうち行こうと思う。

神戸どうぶつ王国には、たくさんの鳥がいて、肩に止まったり餌をあげたり、触れ合えるらしい。ホームページの”王国の仲間”のページを見ると、ほぼ鳥だ。

今までは鳥に見向きもしなかったが、ぶんすけと一緒に暮らし始めてからというもの、そこらへんにいるスズメですら愛しいのだ。台風の時は本気でスズメを心配した。しかしさすが野生のスズメ。台風が去ったあとの公園に行くと、何事もなかったように生き延びていた。
本当は家の近くの公園に住んでるスズメ達にぶんすけのカナリーシードを与えたい。
しかしそんなことをしてしまったら、完全に”変人”のレッテルを貼られてしまうので思いとどまっている。
それくらい今の私は鳥類が好きなので、神戸どうぶつ王国に一緒に行ってくれる人ができて嬉しい。


カプリチョーザ 、通称カプチョで昼ご飯を食べたあとは「万引き家族」を観に行った。
是枝裕和監督の作品で、血が繋がっていない6人がひとつ屋根の下で、おばあちゃんの年金を頼りに万引きをしたりしながら暮らしている。

子役の二人の素晴らしさよ。是枝監督は本当に子供を撮るのがうまい。「誰も知らない」が、是枝監督の撮る子供の最骨頂だと思っていたが、万引き家族もとても良かった。
子どもは殴られても「転んだ」と言うのだ。殴られてきた子どもは、ああいう目をして他人を見るのだ。エンドロールを観ていたら児相が協力しているらしかったので、さすがだなあと思った。
祥太もりんも良かったが、やはり安藤サクラはすごい。
安藤サクラもすごかったが、松岡茉優もリリー・フランキーも良い。
あの家族を演じる演者達が全員素晴らしくて、引き込まれた。
樹木希林さんは、わざとだとはわかっているけど滑舌が悪すぎて、耳が慣れてくるまでの前半は何言ってるのかよくわからなかった。

あの雑多な部屋や、タイル張りでシャワーすらないボロボロのお風呂、訪れた近所の人がハンカチを敷いて座るほどの汚い土間、木が手入れもされずに生い茂っている玄関の門、全て是枝監督の意図があって作られたものなんだろうなあ。すごいなあ。と思った。
社会の隅をそれぞれちょっとずつすくって作品にしたんだなあ。と思った。 

のぶよがりんを後ろから抱きしめて話すシーンは少し泣きそうになった。

家族とは、愛とは、血ではないのだ。





「万引き家族」を観終わって、余韻に浸りながら帰宅した。
帰る途中、阪急梅田駅で”侍プリン”という前から気になっていたプリンを発見したので恋人が買ってくれた。モロゾフのプリンケーキも買ってくれた。
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私はプリンやケーキが大好きなので、よく恋人が買ってくれる。それをパクパクと食べ、だいたい恋人は半分残してくれるので、その残した分もパクパク食べる。


夜ごはんはオムライスを作った。
帰り道で卵と鶏肉、玉ねぎ、バター、牛乳などの材料を買って帰った。


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卵を割るとフワフワが出てくるタイプのオムライスを作った。説明が難しいな。デミグラスソースなのでご飯はバターとホワイトペッパーとブラックペッパーなどで味付けした。これが好きらしい。
おいしいと言ってくれるので、自称”褒められて伸びるタイプ”の私はるんるん気分だった。
今度はもっと美味しいのを作ろう。



久しぶりに母方の祖母から電話があったので、文鳥を飼っていることを伝えると、
「お友達ができてよかったねえ。」と言われた。
まさかお友達がいないと思われていたのだろうか。

「ぶんすけの写真を送ってね。」と言われたので、ラインでぶんすけの写真を大量に送った。
送信している途中で(ああ...かわいすぎる...世界一可愛い...)と悶えてしまい、思っていることを送ってしまった。「大げさ」とだけ返ってきた。意外とドライやなばあちゃん。

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ぶんすけが撫でさせてくれない。
最初から撫でられるのは嫌いなようだったが、小さい頃は数回控えめに撫でさせてくれたのに。反抗期なのか。
いや、でも反抗期じゃなくてただ単に撫でられるのが嫌いなんだろうな。換羽期だからってわけでもない気がする。悲しい。


撫でさせてもらうにはどうすればいいのだろうか。
無理やり撫でても私の満足度も低いし、ぶんすけだって嫌だろう。実際めちゃくちゃ嫌がってるし。
何回か無理やりトライしてみたが、撫でようとするとすぐに手の中から出てしまう。なんなら指にめちゃくちゃ噛み付く。
かといって、手が嫌いなわけではなく、自分からよく手に乗って来る。手で囲ってやると、指を押したりして巣作りの練習みたいなことをして楽しんでいる。
私が餌の準備をしている間でさえひとりではいられず、ずっと私のどこかにくっついているし、トイレにもついて来たがる。
正直、めちゃくちゃ懐かれている自信がある。
でも撫でさせてくれないのだ。
なぜだろう。ツイッターとかで見る文鳥さんはみんな気持ちよさそうに飼い主に撫でられているのに...不思議だ...

とりあえず、ぶんすけを洗脳しようとツイッターの文鳥が撫でられている動画を見せながら
「ほら見てみ。こんなにきもちいねんで。もう私が撫でたらとろけるで。ほらほら。」と言って洗脳を試みている。今のところ効果はない。

どなたか良い方法や、撫でさせてくれなかった子を撫でさせてくれるようにしたことがあったりしたら教えてほしい。
それを試して無理だったら、ぶんすけは撫でられることが本当に嫌いな子だということだ。もう撫でるのは諦める。
でも他の文鳥は飼い主に撫でられたら嬉しそうなんだけどなあ。


今朝は30分ほど出勤前にぶんすけと遊んだ。IMG_8838
「まあ頑張ってこいや。」と激励されたので頑張った。


水浴びをした後の、小さい声で「クェックェッ」と泣きながら一回り小さくなっているぶんすけが好きだ。
なんなんだろう。あの「クェックェッ」は。すごく可愛い声と仕草なのだ。
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鏡餅みたいになっている頭頂部も好きだ。
たまにこういう頭になる。ふくれたりする。




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エサを用意している時にすぐ手の上に乗って邪魔をしてくる。何回降ろしてもすぐ手の上に乗る。
「ぶんすけのエサを用意してるんやで。降り。」と言っても聞かない。しまいにはエサの袋を持っている手を攻撃してくる。どうしてもかまわれたいらしい。甘えたボーイだ。かわいい。


2ヶ月一緒にいても全然飽きない。
毎日新しい発見と愛しさをくれる。



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チャットモンチーが解散する。
私の青春時代を支えたバンドの一つだ。

最初に聴いたのはシャングリラ。
たぶんほとんどの私の世代のチャットモンチーファンはシャングリラから入っているのではないだろうか。

確か何かのラジオでアジカンのゴッチがおすすめしていた気がする。
アジカンじゃなくてRADWIMPSの野田洋次郎だったかもしれない。
たぶんそこらへんの、私がその当時好きだったバンドの誰かがシャングリラを選んで流していた。たぶんSCHOOL OF LOCKとかじゃないかと思う。

おっ、好きだな。と思った。


それからすぐTSUTAYAで「生命力」を借りた。
当時の私にはCDを買うお金などなかった。
小遣いは中1で月1000円、中2で2000円、中3で3000円。というふうに一応決まってはいたが、1年に一月か二月くらいしかもらえなかった。
母を怒らせたり、学校に忘れ物をしたり、ピアノの練習に気持ちが入ってなかったり、起きる時間を5分過ぎたり、塾のテストの点数が90点以下だったり、何かと月の終わりに理由をつけては「来月はなし。」と言われてもらえないからだ。
母はきっと”お小遣い”をあげる気はなかった。あげるというポーズをずっととって、私を言いなりにしようとしていた気がする。

私にとってのお小遣いは年に一度もらえる祖父母からのお年玉だった。
それも半分ほどはいろいろな理由をつけて使い込まれたが、残りの半分は私に与えられた。
そのお年玉を1年間やりくりしてひたすらTSUTAYAに通った。
チャットモンチーに出会った私は、そのやりくりの中で「生命力」を借りた。

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一曲目、「親知らず」を聴いて、泣いた。


私は何をされても親が好きだった。
怒鳴られようと、殴られようと、お風呂に顔をつっこまれようと、髪を引っ張られて引き摺り回されようと、母親が好きだったし、
それを見て見ぬふりをしたり、面倒臭がる父親のことも好きだった。
この一年後に児相に保護されて一時保護所に入ることになるのだが、それでも二人のことが好きだった。
親のことを好きだと、態度には出さなかった。私も怒鳴り返したり、せめてもの反抗で、 殴られても言うことを聞かなかった時も多々あった。私と母親の関係は最悪だった。
でも、昔は私たちだってこの歌詞のようだったのだ。

“大きく口を開いて 仕上げのブラシを
膝枕に頭乗せて 見上げるのが好きだった”

“家族写真はいつだって 和やかに 色褪せず
ひとりで暮らす 部屋の中 微笑んでいるのです
妹を抱いた母親と 真面目すぎる父親と
まるで昨日のことのよう まるで昨日のことのよう”

まるで昨日のことのようだった。
本当に戻りたいと願った。なんでこんなことになっているのかわからなかった。
どれだけ言うことを聞いても、結果を出しても、すぐに粗探しをしては殴られる。
戻りたいと思い、今の現状に泣いた。


“あっという間に時が過ぎ いつの日か優しくなって
明日明日と気長なふりで「ありがとう」とか何を今更”

きっとこうだ。と思った。
このまま母親は変わらず私に執着し、今と同じ生活が続くんだろう。でも、きっと歳を取って、友達もいない、親戚とも不仲な母親は、誰にも相手にされないことに気づき、歳を取って丸くなったフリをして私にすがりついて優しくしてくるのだろう。と思い、腹が立ったし、絶望した。


それでも、私は親が好きだった。

“この幸せがあなたの幸せであること
この悲しみがあなたの悲しみであること”

そうであればいいと思った。
なぜそう思っていたのかはわからないが、この歌詞で涙が止まらなくなった。
中学生という多感な時期だし、ちょっと病んでいたんだろう。たぶん、だいぶ病んでいた。

“私もいつかこんなふうに 人を愛せるだろうか
幸せの意味を誰かとわかりあえるだろうか”

「こんなふうに」なんて私の家にはない。と思った。そんな和やかな、幸せな家族ではなかった。
それでも、いつか私も幸せの意味を誰かとわかりあえるだろうか。と思った。
きっとそんな風にはなれない。と思ってまた泣いた。



一曲目の「親知らず」の衝撃がすごかった。
ずっとこの曲を聴いて泣いていたし、このアルバムの中で一位二位を争う好きな曲だ。



4曲目の「世界が終わる夜に」が「親知らず」と同じくらいこのアルバムの中で好きな曲だ。


この頃、私はずっと世界が終わってしまえばいいと思っていたし、もう正直いつ死のうかなと思っていた。
もちろん今こうやってブログを更新しているので生きている。私はやっぱり死ぬのが怖かった。
親が死んだらいいのに。と思ったりもしたが、結局親のことを嫌いになれなかったので、自分が死ぬしかないなあ。と考えていた。

理不尽だなあ。なんでこんなことになってるんだろう。神様も悪魔もいないな。こんな世界作って平気でいれるわけないな。誰も助けてくれないな。みんな何かに目をそらしてるんだな。また明日学校に行ったら明るく楽しくいないといけないな。家では殴られてるなんてバレたくないもんな。可哀想だと思われたくないな。いけてないジョークでも飛ばすしかないな。暇つぶしできる話題を、くだらない笑い声と嘘を、ああその通りだな。こんな世界クソだな。

そう思ってひとりでずっと泣いていた。


こう書くといいことなどないように思えるが、私には支えだった。私の心情や状況を、えっちゃんが歌ってくれていた。私以外にもそう感じている人がいるんだということに希望を感じたし、理解者が現れたような気がしていた。

橙やミカヅキにも救われた。



それから一つ前のアルバム、「耳鳴り」を借りてきて聴いた。

「ハナノユメ」も、「どなる、でんわ、どしゃぶり」も「恋の煙」も「恋愛スピリッツ」も大好きになった。
私の中でチャットモンチーの歌う”君”や”あなた”は母親だった。


他にも”告白”のCATWALK”や”やさしさ”が大好きだ。


私がいなくなったとしても 誰かに残った思い出は生き続けるのだろうか。と考えた。
登校中の朝日の中で、死ぬのが怖くなって、
ああ、今日もこの目で街を見られるな。今日もこの耳で人の声を聞けるな。ああ、今日もこの口で高らかと歌を歌えるな。ああ、今日もこの胸は息を吸っては吐き出しているな。死にたくないなあ。と思った。
10分後も10年後も同じように生きているなんて嫌だなあ。死にたいなあ。と思ったりもした。
私がいなくなったとしても、3分置きに電車は揺れて、綺麗に花は咲き、戦いは止むことがないんだなあ。そりゃそうだよなあ。と思った。

私の全てにチャットモンチーは寄り添ってくれていた。
本当に救いだったし、支えだった。



そんなチャットモンチーが今日で解散する。
武道館には行けなかった。
行けなくても、私のiTunesには自分のお金で買ったチャットモンチーのCDが入っている。
今の私は、チャットモンチーの”君”や”あなた”を母親ではなく、好きな人に置き換えることができる。ここまで来るのに11年かかった。
11年間ずっとチャットモンチーは私と一緒にいてくれた。
ありがとう。


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