私の職場ではいつでもラジオが流れている。
今日のラジオは清水翔太特集だった。私は仕事をしつつラジオに聞き耳を立て、(そういえば清水翔太、中学の時流行ったなあ...)と、学生時代を思い出していた。

私の中学時代と言えば、周りの友達はみんなEXILE、清水翔太、加藤ミリヤなどを聴いていて、カラオケではLovers Againをデュエットし、FLOWのGO!!!をソファの上でピョンピョン跳ねながら歌い、清水翔太のHOMEや加藤ミリヤの19 Memoriesをしっとりと歌い上げるというのが鉄板だった。
もちろん、みんな19 Memoriesのサンプリング元が安室奈美恵だとは知らない。


そんな中、私はひたすらBUMP OF CHICKENを聴いていた。藤原基央がMUSICAやbridge、ロキノンジャパン、Hなどの雑誌に載るたびに、本屋へ走ったし、それを切り抜いて下敷きに差し込んだり、バンプの歌詞を机に書いたりしていた。
周りにはそんな友達はいなかったが、ヤンキーも運動部でも、BUMPに熱を上げている私と仲良くしてくれた。今思えば私の学年はめずらしくスクールカーストなどがなく、グループの垣根も一切ない恵まれた学年だった。ありがたい。

私は初めてユグドラシルを聴いた時に衝撃が走った。私が求めていたものはこれだと思った。
なかでもembraceやギルド、同じドアをくぐれたら、レムや太陽がお気に入りだった。



話は少し変わるが、清水翔太だ。今日はラジオから流れてきた清水翔太を聴いて驚愕してしまった。
今日ラジオから流れてきたのは「愛してる」「君が好き」「大丈夫、二人なら乗り越えられる」「君が僕を変えてくれた」「君がいるならどんな夢も叶う」「君に会えてよかった」といったあまりにもポジティブな歌詞だった。私の周りはみんなこんなにポジティブな歌詞を聴いて中高時代を過ごしていたのかと衝撃を受けた。


私が好んで聴いていた歌詞と言えば、「狂ったふりが板について 拍手モンです 自己防衛」
「それ流行ってるわけ? 孤独主義 甘ったれの間で大ブレイク」「人間という仕事を与えられて どれくらいだ 相応しいだけの給料 貰った気は少しもしない」「例えば泣いてみろよ こっちはそれすら笑えるさ」「例えば信じてくれよ こっちはなおさら疑うさ」といった、ひねくれたりネガティブだったり鬱々とした歌詞ばかりだった。もちろんバンプには前向きな歌詞もあるし、明るい曲もある。でも私はこういう歌詞が好きだった。家での辛いことや悲しいことを理解してくれるような人がこの世にはいるんだ。と救いにもなった。
私はたまに人と話していて、「この人はなんか違うな。」とか、「この人とはあまり合わない気がする。」と思ったり、「この人はどうやってこんなにポジティブに物を考えられるんだろう。」と考えることがある。もちろんその人たちも私に嫌なことをしてくるわけではなく、優しい普通の人だ。嫌いなわけではない。ただ何かが違うのだ。そういう人たちは、だいたい中高で清水翔太やEXILEを聴いていたタイプが私調べでは多い。信憑性は全くない。

私のような、ひたすら泣きながらバンプやsyrup16gやアジカンを養分にして育った人間と、清水翔太やEXILEや加藤ミリヤを養分にしている人間では、成長過程も違う。違和感を感じるのは当たり前だな。と思った。
ポジティブを好んで、ポジティブを養分に育った人間はポジティブに育つのだ。そのポジティブさが時に羨ましかったりもする。いざという時に武器になるのは、ネガティブではなくやはりポジティブさだろう。



というようなことを仕事中に流れるラジオを聴いて考えていた。
ちなみに私は清水翔太が嫌いなわけではない。HOMEいい曲だなって思う。歌上手いなって思う。ただそれを選んでこなかっただけで。


なんだこのブログ、長いな。

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